クラウンライター

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06/03/19
●クラウンライターについての情報ありがとうございました。
横浜在住の私は福岡が本拠地のライオンズについては、情報が乏しく詳しいことはほとんど知りませんでした。
皆様のおかげで、球団名の由来等よくわかりました。

06/03/19
●「クラウンライター」
googleで検索したところ、概ね次のような事でした。
・昭和53年、廣済堂と合併し「廣済堂クラウン株式会社」となる
・球団売却の翌年である昭和54年、ライター製造業を終了
・昭和56年、廣済堂に吸収合併されたらしい

Yahooは登録サイトからしか検索出来ません。
おそらく、見つからなかったのはそのせいでしょう。
検索専門ならgoogleで探した方がいいと思います。

06/03/17
●すでに、株式会社クラウンガスライターは存在しないようです。

 株式会社廣済堂のホームページにある沿革によれば、1978年に廣済堂、クラウンガスライター、関東クラウン工業が合併し、廣済堂クラウン株式会社が発足、81年に社名を株式会社廣済堂と変更し、現在に至っています。現在、廣済堂にガスライター部門はないようです。

 ちなみに、「プロ野球ユニフォーム物語」(綱島理友、ベースボールマガジン社、2005年)によれば、クラウンライターライオンズの親会社はクラウンではなく福岡野球株式会社で、福岡野球がクラウンとスポンサー契約を結ぶことで、先のネーミングになったとのことです。これは前身の太平洋クラブライオンズも同じです。

 球団のネーミングライツ売却は、別段新しい話ではないんですね。

●ご存じの方も多いと思いますが、クラウンライターなる会社は現在ありません。

では、その当時のライオンズのスポンサーは(このチーム名は他球団と違い、親会社ではなくてあくまで広告スポンサーですが)印刷とか出版とかゴルフ場経営、はては都内の火葬場まで経営している「廣済堂」でした。この会社(別会社での事業だったかも)が出していた100円ライターが「クラウンガスライター」だったわけです。

それにしても、あくまで広告スポンサーとしてのチーム名とはいえ、さらにその前のチーム名「太平洋クラブ・ライオンズ」が太平洋クラブですから、短期間に同業(ゴルフ場経営)の別会社の名前を冠したことになりますね。

●06/03/16 クラウンライター
クラウンガスライターは昭和53年に廣済堂印刷(現在の株式会社廣済堂)に合併されました。おそらくもうライターは作ってないと思いますが。
www.kosaido.co.jp/profile/history.html

●「クラウンライター」の情報です。

クラウンライターは「(株)クラウンガスライター」が正式名称です。
球団所有時の昭和53年に「廣済堂グループ」に吸収合併され、現在はこの部門はなくなっているようです。
廣済堂グループ・公式サイト http://www.kosaido.co.jp/

余談ですが、太平洋クラブとクラウンライターライオンズ時代の本当のオーナーは「中村長芳」氏という個人で、この方は岸信介元総理大臣の秘書でした。
太平洋クラブとクラウンライターは「スポンサー」として球団支援をしてきた関係のようです。今で言う「ネーミングライツ権」のようなものですね。

●クラウンライターは、廣済堂に吸収合併されてしまったそうです。廣済堂のホームページの会社沿革にあります。

06/03/16
●いつも楽しく見ています。この度の追跡依頼は会社です。
プロ野球の西部ライオンズの前身はクラウンライターライオンズ(1977年〜1978年)でした。
当時は福岡平和台球場を本拠地としていました。しかし 資金難により西部に球団を売却し所沢を本拠地とする西部ライオンズが誕生しました。
さて ここで当時の親会社だったクラウンライターという会社は今もあるのでしょううか。
ヤフーで検索してもクラウンライターという会社にはヒットしません。

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